シンポジウム:人は放射線なくして生きられない 放射線防護医療研究会報告

放射線防護医療研究会ホームページに、11月24日に開催された研究会の報告が掲載されました。ぜひクリックしてご覧ください。

シンポジウム:人は放射線なくして生きられない

高田純、服部禎夫、川島朗、中村信仁、百瀬琢麿らが、第9回放射線防護医療研究会で11月24日報告、最先端の放射線医科学を大討論。低線量率放射線は健康に有益、 福島20km圏の強制避難は即刻解除すべき。前民主党政府が決めた立ち入り警戒区域地図はズサンな空間線量率調査で科学的な根拠なし。

同日、論文集「放射線防護医療9」が刊行。特別報告の浜岡原子力発電所および高速増殖原型炉もんじゅ再稼働に向けた取り組みを含む、全報告者の論文が収録されている。

日本の役割は大きく、研究の推進が、フランスおよびアメリカなど自由主義陣営から期待されている。

放射線議連、復活の牧場、福島を人道科学で支援する会より、ご来賓のあいさつをいただきました。研究会開催を支援くださいました企業の皆様に、熱く御礼申しあげます。また、放射エネルギーを得て、健康生活をされている皆様に、今回、多数参加いただきました。事務局のみなさん、とりわけ、完璧な事務準備をやり遂げた水谷さん、お疲れさまでした。ありがとうございました。

人は放射線なしに生きられない、健康増進を目指した低線量率放射線の医科学研究を推進してまいります。 (J)

http://rpic.jp/cgi-bin/topics/topics.pl?topicsid=00039

高田純 理学博士

放射線防護医療研究会 代表世話人

汚染水の真実 ニューズウイーク日本版11月12日号記事紹介

先のニューズウイーク日本版11月12日号記事に、「汚染水の真実」という記事が掲載されました。「(日本)政府は汚染水について、国民を安心させるために、厳しい環境基準を設定、その結果、期待値を非現実的なレベルに上げてしまった」という趣旨のもので、誤解なきようできるだけ記事そのものを紹介します。

汚染水の語られざる真実

(リード・タナカ(元在日米軍司令官放射能問題顧問、デービット・ロバーツ(物理学者、元駐日米国大使科学顧問)

(前略)

原子炉内に残る核燃料も使用済み燃料プールに保管されている燃料棒も、11年秋以降は安定している。急造の冷却システムがうまく機能しているからだ。4号機の使用済み燃料プールから燃料棒を取り出して、作業員が近づける場所に移す準備も進んでいる。放射能は自然に減っていくから、燃料棒が過熱する可能性は時間の経過とともに減少している。

その他の対策も、それなりに成功している。フィルターと建屋カバーによって空気中への放射性物質の拡散は遮断されているし、放射能物質を含んだちり粒子の再飛散も吸着剤によって最小限に抑えられている。

困難な条件下で大量の汚染水を封じ込める仕組みも、ある程度は有効に機能している。汚染水の大部分は現在、建屋の地下、各種トレンチ(地下道)、専用のタンクや貯水池にためられている。

しかし、このような封じ込めの努力は、地下水と雨水という容赦ない自然の力に脅かされている。汚染水の量が増え、漏水のニュースが度重なって、すべての汚染水をいつまでためておけるのか、そもそもためておくのは賢明なのか、ということを考えなければならない。

当面の重要問題は汚染水漏れだ。しばしば混同されていることだが、地下水によって運ばれる放射能汚染の問題と、タンクなどからの漏水問題は性質が異なる問題だ。

地下水、雨、潮の干満など天然の水の作用で引き起こされる水の汚染は通常、放射能の濃度が比較的低いが、水の総量は非常に多い。一方、タンクや処理システムからの漏水では、汚染水の量は少ないが、放射能の濃度は前出の天然の水のケースより高い。この2つの問題には異なる種類の困難があり、別々の解決方法が必要だ。

被害を受けた原子炉建屋はそれぞれ地下の水路やトンネル、トレンチでつながっており、汚染水が移動する通路はいくもある。ロボットによるビデオ撮影で分かったことだが、これらの水の流通経路のうち少なくとも1つを通じて、きれいな地下水が建屋の汚染された地下に入り込んでいた。これによって、ためておかなければならない汚染水の量が増えている。

システムの内部の汚染水は1日当り約400トン増加する。大型ガソリン運搬車に換算して13台分だ。しかも、これは流入分から流出分を差し引いた量に過ぎない。最近、地下水のサンプル検査で分かったところでは、建屋の地下やトレンチから汚染水が漏れて、その地下に染み込んでいる。地下水は海に向かって流れ、海の水には満ち引きがあるから、汚染水の一部は原発の港湾部に運ばれていく。

東京電力は8月に、このような汚染水の漏れは事故当時から発生していたようだと結論付けている。これは周辺に流出し、海に流れ込む放射性物質の最大の経路ということになる。

タンク漏れの害は小さい

雨水も複雑な要因だ。パイプから水が漏っていたり、その下に水たまりがあるのが目視で確認されれば、漏水の可能性を調査する必要があるが、雨が降るとどこもかしこも調査しなくてはならなくなる。

雨水自体もチェックし、処理しなければならない。この秋は2度も台風による大雨が降り、タンクエリアのせきは縁まで水でいっぱいになった。この水も、少しでも汚染されれば貯留しなければならなくなる。

貯留タンクも大問題だ。現在、約1000基のタンクがパイプでつながれており、合計でオリンピックの競技用プール120個分に相当する水でいっぱいになっている。汚染水は増え続けるから、さらに多くのタンクを建設中だ。

膨大な数の貯槽タンクを建設し、管理するには途方もない手間が掛かる。一部のタンクに不備があって漏れが見つかる事態もある意味、起こるべくして起きた。

今年に入って、程度はさまざまだがタンクの漏水が何度も見つかっている。そのたびに大きく報道されているが、このようなタンクやパイプの漏れであれば、その影響はごく限られたものと考えていい。

タンク内の汚染水のほとんどは、セシウム除去のフィルターを通して(安全な除去はできないにしても)放射能のレベルを大幅に減少させて後のものだ。それにこれらのタンクは海から何百メートルも離れているから、タンクからの漏水で海水が汚染される可能性も低い。

8月には1度、約300トンという飛び抜けて量の多い汚染水漏れが見つかり、このときは原子力規制委員会が国際原子力事象評価尺度(1~7レベル)でレベル3の「重大な異常事象」だと宣言している。

それでも外部の環境に漏れ出した放射性物質は、海岸線でも放射能計測値にまったく変化が出ない程度のものだった。このときに比べれば、その他の漏水ははるかに影響の小さいものだった。

タンクからの水漏れくらいは心配ない、と言うのではない。汚染水のモニタリングと管理だけでも大変な作業であり、疲弊している現場の作業員にさらなる重荷を課すことになる。

タンクの水漏れは、作業の質より量とスピードが求められる、場当たり的な応急処置の当然の結果でもある。だから長期的な解決策とならないことは想定済みだ。汚染水漏れのニュースは不安をあおり、不安ゆえに健康を害する人もいるだろう。

だがタンクから漏れた水が環境に及ぼす影響は微々たるものだ。むしろ影響が大きいのは地下水の汚染で、対策もそこに焦点を当てるべきだ。

既に大きく報じられているが、日本政府は問題の核心に切り込み、地下水問題に対処するために470億円を投じて以下の3方向からの対策を講じると発表している。

第1に、汚染水から放射性物質を除去すること。第2に、汚染された地下水の港および外海への流出を防ぐこと。第3に、汚染されていない地下水と汚染水を分離しておくことだ。

第1の点についていえば、放射性物質の除去装置は冷却シスチムと一体化されている。核燃料を冷やすために施設内を循環させている水は、放射性セシウムを除去するろ過システムを通す仕組みになっている。

建屋の地階部分の放射能濃度は、処理された冷却水と流入する地下水によって常に薄められているから、最悪時に比べると格祝に下がっている。トリチウム以外のすべての放射性物質を除去する新たなろ過システムも運用開始を待つばかりだ。

第2の海と港湾部への汚染水流出防止については、既にいくつもの対策が実施されている。その中には、港内の放射性物質が最近になって急増した原因とされるタービン建屋から埠頭へとつながるトレンチを閉鎖する作業を強化すること、港と損傷した建屋に隣接する地下水の間に遮水壁を建設することなどが含まれている。

第3のアプローチは最も困難なもので、まだ汚染されていない地下水の原子炉建屋への流入と汚染された水の流出を、共に防止する必要がある。具体的な対策としては、まず内陸部から流れてくるきれいな地下水を原子炉建屋の手間でくみ出す方法がある。さらに思い切った方法として、損傷した原予炉およびタービン建屋の周囲を凍土方式の遮水壁で囲むことも提案されている。

こうした方法の潜在的メリットと成功の可能性を、そのコストおよび必要となる労働力を勘案して総合的に評価すると、日本政府が320億円を投じようとしている凍土遮水壁の建設には疑問を早さざるを得ない。遮水壁がこれほどの規模で造られた例は過去になく、その有効性を疑う専門家もいる。

そもそも、遮水壁は放射線量の高い場所に設置しなければならないので、その作業は困難かつ危険を伴うものになる。さらに、より重要度の高い循環式冷却システムや進行中の瓦礫撤去、使用済み燃料プールの燃料除去などの作業を邪魔しないよう注意が必要だろう。

掘削作業で新たに出てくる汚染水の処理も必要だろうし、建設中は地下水の汚染が増える恐れもある。完成後も、クモの巣のように張り巡らされた冷却パイプの維持・管理は多くの労動力とエネルギーを必要とするだろう。

資源を効果的な対策に

すべてが計画どおりにいったとしても、この遮水壁に多くを期待することはできない。建屋の地下に毎日400トン流入する水量を減らし、建屋の下を通る地下水の流れを仰制するのがせいぜいだ。

遮水壁の建設には18ヵ月かかると予測されているが、その間に既にたまっている約40万トンに加え、最大20万トンの汚染水が新たに増える。すべての要素を考えると、320億円の投資が見合うかどうかは微紗なところだろう。

むしろ適切なのは、労働力と資源を現在進行中の重要な作業の強化・促進に集中させることではないか。

例えば地下室の汚染除去を進めて最終的に密封閉鎖することだ。放射性物質の海洋流出を防ぐために海側遮水壁を設置すること、港湾内に設置したカーテン状のシルトフェンスの管理を強化すること、トレンチ内の汚染水をくみ上げて閉鎖すること、汚染されていない地下水を建屋よりも標高の高い場所でくみ出すことなどもある。

こうした対策は、他の場所で他の目的ではあるが、水のコントロールに使われて成功している。凍土遮水壁を造るかどうかは別にして、汚染水コントロールに欠かせない作業と言える。

もう1つ、議論が必要なのは汚染水をためておくか海に放出するかという問題だ。政府は国民を安心させるために厳しい環境基準を設定したが、結果として期待値を非現実的なレベルにまで上げることになった。現行基準の達成には、大変な困難と莫大な出費が伴うだろう。(中略)期待値をあまりに高く設定すると実現が困難になるし、そこまで達成しない限り失敗とされてしまう。現状では、飲料水と同じくらい厳しい基準を満たさないと汚染水を放出することは許されない。

日本の飲料水のセシウムの安全基準は、1リットルにつき10ベクレル以下となっている。ところが福島の地下水を海に放出するためには、セシウムの量が1リットル当たり1ベクレル以下でなくてはならない。それ以外の水の放出基準は25ベクレル/リットル以下に設定されている。

ちなみに、平均的な人間の尿に含まれるカリウムからの自然放射能の量は、1リットルあたり約50ベクレルだ(しかもカリウムに放出基準はない)。

厳しい基準があるため、地面に蓄積されたセシウムによってわずかに汚染された雨水でさえ海に流すことはできない。やむなくタンクの数を増やすことに金をつぎ込み、労働力も使い果たすことになるが、それだけ汚染水漏れのリスクも増え、マスコミの報道で不安が増幅される可能性もある。

従って、地下水の放出基準を国際的な基準に合う程度まで緩和することを議論してもいいだろう。それによって少しは汚染水対策の重荷を減らせる。労働力をもっと重要なプロジェクトに集中させることで、水漏れを防ぐ役に立つかもしれない。

米エネルギー省の民間放射性廃棄物管理局の元責任者レイク・パレットやカリフォルニア大学バークレイ校の原子力工学の安俊弘教授などは、トリチウム以外の大多数の放射性同位元素がフィルターで除去されれば、薄めた汚染水は安全に放出できる(または蒸発させられる)と論じている。

放出された水は海に流れ込み、汚染物質の濃度は直ちに薄められる。港から0.5キロ以上離れた沖の海水サンプルからは、放射性物質はほとんど検出されていない。

日本政府は汚染水対策への技術的提案について国際社会に助言を求めた。だが、他の汚染された地域における研究を基に、福島のケースに適合するように考慮されたより合理的な放出基準を設定するための勧告を求めたほうが、ずっと役に立つかもしれない。

もちろん、たとえ公衆衛生上の安全性が科学的に証明されても、汚染水の放出に対する国内の反発は消えないだろう。

とりわけ、地元漁業関係者は当然のことながら不安を覚え、その不安を強く訴えている。福島沿岸の海底では放射性セシウム濃度がなかなか薄まらず、海底に生息する魚類・甲殻類の汚染が懸念されている。さらにはマスコミの偏った報道がたびたび世間を騒がせ、国民の不安に拍車を掛けている。

基準値を上回る放射性セシウムに汚染された魚が発見されたことから、消費者は福島近海の水産物を敬遠している。韓国は、東北地方からの水産物の輸入を全面的に禁止している。

遠く離れた太平洋対岸のカリフォルニアでも—基準値よりもずっと低く、自然界に普通に存在する放射性物質ボロニウムによる被爆量をはるかに下回るとはいえ、—大型回遊魚マグロから微量のセシウムが検出されている。

見過ごされがちな点ではあるが、食品放射能基準値が安全の限界点ではなく、人体の全体的な被爆量を抑えるために導き出された厳しめの数値であることを覚えておくべきだろう。つまり、この基準は「安全基準」と言うより「安心基準」と呼ぶべきものかもしれない。

2020年の東京オリンピック開催が決定したことで、日本政府はこれまでよりもさらに強いプレッシャーにさらされることになった。海外における日本のイメージは原発の事故処理というレンズを通して厳しく判断され、汚染水の放出は—その濃度にかかわらず—注視の対象となる。

国民の議論参加がカギ

汚染水問題という途方もない難題により、日本政府は苦境に立たされている。

政府が原発事故によるすべての汚染を封じ込め、国民の信頼を取り戻すことができるならば、それに越したことはない。しかし現実を考えれば、資金的、人的および時間的資源には限りがあるだろう。

国民の守り手として、政府は公衆衛生に対するプラスの効果を経済的負担、作業員の安全性、成功の確率と照らし合わせて対策を検討するべきだ。そしてもちろん、議論には国民が積極的に参加する必要がある。(後略)

(筆者のリード・タナカは米海軍で25年以上にわたって原子力対策を担当し、福島第一原発の事故直後には在日米軍司令官および駐日米国大使の放射能対策顧問を務めた。デービッド・ロバーツは物理学者で、福島の事故対応の時期に駐日米国大使の化学顧問を務めた)

書籍紹介 高田純著 復活の牧場 報告2013 震災元年から始まった福島県浪江町での生命の科学調査

書籍紹介

復活の牧場 報告2013 震災元年から始まった福島県浪江町での生命の科学調査

高田純(理学博士 札幌医科大学教授)著

放射線防護情報センター発行

 

本書を開くと、まず鮮やかなカラー写真が目に飛び込んできます。最も印象的なのは、浪江町での牛たちの、しかも元気で健康としか見えない姿です。著者は、大震災直後の平成23年4月に福島県二本松市を調査に赴いたとき、浪江町に残してきた牧場の牛たちの様子を調べに行きました。その牛たちは著者によれば、1か月も放置されていたのに、急性放射線障害は全く見られず、人恋しいのか著者に寄り添ってきました。

戦争中の上野動物園での、象をはじめ多くの動物たちが薬殺された悲劇を描いた「かわいそうなぞう」という童話は多くのひとがご存じと思います。勿論悲しい話ですが、戦争中、空襲の危機のある中、やむおえない処置だったのかもしれません。しかし、震災後の福島では、多くの家畜たちは、必要もないのに死に追いやられていきました。その中で、著者の協力者である山本幸男氏をはじめ、浪江町の和牛改良友の会は、通行許可証をもらっては現地の牧場を訪ね、牛たちの命を救ったのでした。

著者は、当時の日本政府は避難のための輸送体制を敷き、家畜やペットも救出する義務があったはずだとかっての菅民主党政権を強く批判します。非道な共産国と言われてきたソ連ですら、チェルノブイリ事故後は、事故10キロ圏内7809人、30キロ圏内42000人、1万3千頭の牛、3千頭の豚がバスやトラックで避難したことを指摘し、それなのに日本の菅首相(当時)は、置き去りにした家畜を殺処分し、1万頭以上の家畜が死んだのでした。県民は自主避難という無責任な処置がとられ、入院患者など70人が亡くなったのも痛ましい「人災」でした。

本書は、その後著者が浪江町で継続的に和牛、牧畜者、土壌の実態を、2011年4月から2013年9月まで12回に渡って調査した内容の報告を通じて、牧場のみならず、福島全体の復興と未来への希望を提起したものです。

著者は福島の復興のため、まず現実を報告することからはじめています。「報告1 震災二年目の波江町の和牛体内セシウムの大幅低下」では、2012年2月から10月までに延べ35頭の和牛の腿部のセシウム放射線を検査、15頭は1キロ当たり500ベクレル以下であり、傾向としてセシウムは大幅に減少しており(理由は野草のセシウム濃度の低下にあると著者は推定しています)この後牛たちは牧柵の中で飼育されており、体内のセシウムは平均実行半減期が55±3日の速さで減衰していること、今後放牧地の表土10センチを除去し新たな牧草地を作り出せば、この地の畜産業は再建できると提言します。

さらに著者は「報告3 放牧地のセシウム除染試験の成功」にて、過去のチェルノブイリ検査の結果から、空から降下したセシウムは、地表深さ10センチ以内にほぼ付着することを指摘した上で、実際に放牧地で3メートル四方を一区画として深さ10センチをはぎ取って、その前後のセシウム放射能密度を比較し、ほぼ平均94%を除染し得たことを報告。さらにこの上に牧草地回復の為に農業用の養分を散布する事での土地の再生を行っています。この他にも、牧畜者の体内セシウム濃度の調査により、一部で誤解されているような健康被害は起きていないことも調査されたと著者は報告しています。

これまで、浪江町の「和牛友の会」は牛たちの命を守ってきました。そして著者はその牛たちと放牧地の科学調査を行うことによって、同地の牧場は復活が可能であること、それは福島の未来に確実につながることを提示しています。「これまでブラックボックス化していた福島第一原子力発電所20キロ圏内の放射線影響の実情」(29ページ)の現地調査を通じて、著者は福島は広島でもチェルノブイリにもなることなく、未来の可能性は開かれていることを本書で指摘し、今後の復興のための現実的な提言をも行っています(強制避難解除、家屋建設、除染した土壌の有効活用など)。前著「福島 嘘と真実」と並び、震災後の現地続科学調査の現時点での報告書としてお勧めします。(三浦)

本書は、書店には並びません。浪江町など福島20km圏内町民への寄贈を中心に真実の拡散に取り組んでいます。詳しくは、次をご覧ください。

http://rpic.jp/cgi-bin/topics/topics.pl?topicsid=00038

20ミリシーベルト以下で安全 規制委が指針(読売新聞記事)

原子力規制委員会が、東京電力福島第一原子力発電所事故で避難している住民の帰還に関し、1年間に被曝(ひばく)する放射線量が20ミリ・シーベルト以下であれば、健康上に大きな問題はないとする指針を今月中にまとめることがわかった。

 政府が長期目標として掲げる「年間1ミリ・シーベルト以下」が安全の目安ととらえられているため、科学的な知見を示して不安の払拭を図る。指針には20ミリ・シーベルトでは発がんリスクが十分に低く、適切な対策を取れば、リスクは回避できるとの見方が盛り込まれる見通しだ。

現地調査を行った国際原子力機関(IAEA)も10月、年間1~20ミリ・シーベルトの被曝線量は許容できるとした報告書をまとめている。

指針を受けて、政府は正確な線量を把握するため、携帯式の個人線量計を配布する。保健師などが住民の健康相談に乗る「帰還支援センター(仮称)」も各市町村に設置する方向だ。

2013年11月8日03時06分  読売新聞
この点について、日本放射線影響学会のホームページから、質疑応答の形で述べているものをいかに引用いたします。

Q8 どの程度の線量から影響がでるのですか?

放射線の生体に対する危険度は、原爆被爆者の疫学調査の結果をはじめ、多くの動物実験や生物学的実験で積み重ねられた研究成果から推測されています。積み重ねられた研究成果は、世界保健機関(WHO)の科学委員会、国際連合科学委員会(UNSCEAR)や国際放射線防護委員会(ICRP)で定期的に調査され、その結果を総合的に検討して危険度が推測され、放射線の影響が出ない放射線被ばく限度が提案されます。その結果を受けて、放射線の危険を避けるための規則が作られています。現在、一般人の被ばく限度は、年間1,000マイクロシーベルト(=1ミリシーベルト)ですが、この値には自然の放射線被ばくと、医療で受ける放射線被ばくは含まれません。ちなみに日本人が受ける平均自然放射線量は年間1,500マイクロシーベルト(=1.5ミリシーベルト)程度です。また、放射線業務に従事する人では年間2万マイクロシーベルト(=20ミリシーベルト)という被ばく限度が採用されています。放射線業務に従事する時は、その規定にしたがって、年間の被ばく量をそれ以下にするように厳密に管理されていますが、そのレベルの被ばくで明らかな健康への影響は認められていません。なお、これまでの様々な解析でも、年間10万マイクロシーベルト(=100ミリシーベルト)以下の被ばくでは健康影響の有無は明らかでないとされています。

 

掲載日:平成23年3月15日、平成23年3月22日改訂、平成23年3月24日改訂、平成23年4月10日改訂、平成23年12月28日改訂

 

*「年間100ミリシーベルト」について:短時間に大量の被ばくをした原爆被爆者において、100ミリシーベルト以下では「がん」の有意な増加が見られないこと、および、同じ総線量でも線量率が低ければ生体への影響は小さくなるという事実に基づいて、「1年間に100ミリシーベルトの低線量率長期被ばくでも影響の有無は明らかでない」という表現をしています。なお、年間100ミリシーベルトが複数年続く場合については、影響の有無を判断するのに十分な根拠データはありません。ただし、例えばインドのケララ地方の住民調査では、何十年にもわたる被ばくで、積算線量が600ミリシーベルトを超えても、がんの増加が見られなかったという報告もあります(Health Physics 96, 55-66, 2009)。

(追記:平成24年4月23日)

http://jrrs.kenkyuukai.jp/special/?id=5556#Q35

今回のIAEAの提言を日本政府は受け入れる方向です。この日本放射線学会の記事からも、また福島の復興のためにも、この決定は原則的に正しいものではないでしょうか。(三浦)